会社員向け Web3プロジェクトの意思決定プロセスを支える新しい働き方 分散型ガバナンス設計・運用への貢献
Web3時代の新しい働き方：分散型ガバナンスの「裏側」を支える
Web3プロジェクトやDAO（分散型自律組織）は、特定の管理者や中央集権的な権力を持たず、参加者による分散型の意思決定、すなわち「分散型ガバナンス」によって運営されることを目指しています。この分散型ガバナンスは、Web3の理念を実現する上で非常に重要な要素ですが、その仕組みを設計し、円滑に運用していくことは容易ではありません。
このような状況の中で、分散型ガバナンスの「裏側」を支える役割が生まれつつあります。これは、単に提案に投票するだけでなく、ガバナンスの仕組み自体に関与し、その有効性や効率性を高めるための様々な活動を含む新しい働き方です。Web3に興味を持ち、自身のスキルや経験を活かせる道を探している会社員にとって、この分散型ガバナンス領域への貢献は、新しいキャリアパスや副業の機会となり得ます。
本記事では、分散型ガバナンスの基本を解説し、その設計・運用を支える具体的な働き方、必要なスキル、そして注意点について掘り下げていきます。
分散型ガバナンスとは何か？
分散型ガバナンスとは、プロジェクトやプロトコルの開発方針、資金の使い道、運営ルールなどの重要な意思決定を、中央機関ではなく、そのプロジェクトの参加者やトークン保有者などによって分散的に行う仕組みです。多くのWeb3プロジェクトでは、ガバナンストークンと呼ばれる特定のトークンに投票権が付与され、トークン保有量に応じて投票における影響力が変わる形が採用されています。
主なプロセスとしては、以下のような段階を経ることが一般的です。
- 提案（Proposal）: 参加者がプロジェクトの変更点や新たな取り組みなどを提案します。提案には、技術的な改善、経済モデルの調整、資金の使い方、組織構造の変更など、多岐にわたる内容が含まれます。
- 議論（Discussion）: 提案内容について、コミュニティ内で議論が行われます。フォーラム、Discord、Snapshotなどのプラットフォームが利用されます。この段階で提案は洗練され、フィードバックが取り入れられます。
- 投票（Voting）: 提案が一定の支持を得て公式な投票プロセスに進むと、トークン保有者などが投票権を行使して賛否を表明します。オンチェーン（ブロックチェーン上）またはオフチェーン（ブロックチェーン外だが記録が残る）で投票が行われます。
- 実行（Execution）: 投票によって可決された提案は、スマートコントラクト（ブロックチェーン上で自動実行されるプログラム）によって自動的に実行されるか、コミュニティによって選ばれた実行者（Executors）によって手動で実行されます。
この一連のプロセスは、従来の企業組織における取締役会や株主総会での意思決定に似ている部分もありますが、透明性が高く、より多くの参加者に開かれている点が異なります。
分散型ガバナンスの「裏側」を支える多様な働き方
分散型ガバナンスを円滑に進めるためには、単に投票する人だけでなく、プロセス全体を設計、維持、改善していく多様な専門性が必要です。ここでは、会社員が自身のスキルや経験を活かせる可能性のある働き方をいくつか紹介します。
1. ガバナンス設計・改善への貢献
分散型ガバナンスのルールや仕組み自体を考え、より公平で効率的なプロセスになるように設計・改善する役割です。
- ガバナンスメカニズムの設計支援: どのような投票システムが良いか、提案にはどのような要件が必要か、といったルール作りに関わります。他のDAOの事例を研究したり、コミュニティからのフィードバックをまとめたりする役割が考えられます。特定の技術知識がなくても、論理的思考力や分析力があれば貢献可能です。
- インセンティブ設計への提案: 参加者がガバナンスに積極的に貢献したくなるようなインセンティブ（報酬）設計について提案したり、既存の仕組みを評価したりします。トークンエコノミーや行動経済学の知識が役立つ場合があります。
- ドキュメント作成・整理: ガバナンスプロセスやルールに関するドキュメントを作成したり、既存のものを分かりやすく改善したりします。文章作成能力や構成力が求められます。
2. ガバナンス実行・運用への貢献
提案が出てから実行されるまで、プロセスを円滑に進めるための実務的な運用を担う役割です。
- 提案のキュレーション・要約: 多くの提案の中から重要なものを選び出し、コミュニティに分かりやすく要約して提示します。提案内容を正確に理解し、中立的な立場で伝える能力が必要です。
- 議論のファシリテーション: ガバナンスフォーラムやDiscordでの議論を促進し、建設的な対話が行われるように調整します。コミュニケーション能力、調整能力、コミュニティマネジメントのスキルが活かせます。
- 投票結果の分析・報告: 投票が行われた後、その結果を集計し、参加者の属性や投票行動などを分析して報告します。データ分析スキルやレポート作成能力が求められます。オンチェーンデータ分析の知識があると、より深い分析が可能になります。
- ガバナンスツールの運用支援: SnapshotやTallyなどのガバナンスツールの使い方をサポートしたり、ツールの改善点を提案したりします。ツールの使い方に慣れること、ユーザーの視点を理解することが重要です。
3. ガバナンス関連ツールの開発・貢献
ガバナンスプロセスを支援するための技術的なツールやインフラを開発・保守する役割です。これは主にエンジニアリングスキルが必要とされますが、非エンジニアも企画やテストなどで貢献できます。
- 投票システム開発: オンチェーンまたはオフチェーンの投票システムのスマートコントラクトやインターフェースを開発します。Solidityなどのスマートコントラクト言語やWeb3フロントエンド開発のスキルが必要です。
- データ分析・可視化ツール開発: ガバナンス活動に関するデータを収集、分析、視覚化するツールを開発します。プログラミングスキル（Python, JavaScriptなど）やデータエンジニアリングの知識が役立ちます。
- ツールへの貢献: 既存のオープンソースのガバナンスツールに対して、バグ修正や機能追加の提案・実装を行います。
4. リサーチ・分析による貢献
他のプロジェクトのガバナンス事例を研究したり、自身のプロジェクトのガバナンスの有効性をデータに基づいて分析したりする役割です。
- 他DAOの事例研究: 成功事例や失敗事例、ユニークなガバナンス設計などを調査し、自プロジェクトへの示唆を得ます。リサーチ能力、分析力、Web3に関する幅広い知識が求められます。
- オンチェーンデータ分析: ガバナンス関連のオンチェーンデータ（例：投票数、投票者の属性、トークンの動きなど）を分析し、ガバナンスの健全性や参加者の行動パターンを明らかにします。SQL、Python、ブロックチェーンデータ分析ツールの知識が役立ちます。
- ガバナンス効果測定: 特定のガバナンス変更がプロジェクトにどのような影響を与えたかを評価するための指標を設定し、効果測定を行います。
これらの働き方を始めるためのステップ
分散型ガバナンスの設計・運用に関わる新しい働き方を始めるためには、いくつかのステップがあります。
- 分散型ガバナンスの基礎を学ぶ: まずは、DAOや分散型ガバナンスがなぜ必要とされているのか、どのような仕組みがあるのかといった基本的な概念を理解することが重要です。多くのWeb3プロジェクトのドキュメントやガバナンスフォーラム、関連ブログなどが参考になります。
- 特定のプロジェクトを選ぶ: 興味を持ったWeb3プロジェクトやDAOをいくつか選び、そのガバナンスプロセスがどのように行われているかを観察します。ガバナンスフォーラムでの議論や、過去の提案・投票結果を見てみましょう。
- コミュニティに参加する: 選んだプロジェクトのDiscordなどのコミュニティに参加し、ガバナンスに関するチャンネルをチェックします。活発な議論が行われている場所で、どのような課題があるのか、どのような人が活躍しているのかを知ることができます。
- 小さな貢献から始める: いきなり大きな提案をする必要はありません。既存の提案に対してフィードバックをしたり、議論に参加して疑問点を質問したり、ドキュメントの誤字脱字を指摘したりするなど、小さな貢献から始めてみましょう。
- 自身のスキルを棚卸しする: これまでの会社員経験で培ったスキル（プロジェクトマネジメント、データ分析、コミュニケーション、ドキュメント作成、ファシリテーションなど）が、ガバナンスプロセスのどの部分で活かせそうかを考えます。
- ツールの使い方に慣れる: SnapshotやTallyなど、主要なガバナンスツールに触れて、実際の投票プロセスを体験してみましょう。
分散型ガバナンス領域で働くことのメリットとデメリット
この分野で働くことには、以下のようなメリットとデメリットが考えられます。
メリット:
- Web3の核心に関われる: 分散型ガバナンスはWeb3の理念を実現する上で非常に重要であり、その仕組みに関わることはWeb3の進化に直接貢献できる機会です。
- 影響力を持てる可能性がある: 建設的な提案や貢献を通じて、プロジェクトの方向性やルールに影響を与える可能性があります。
- 新しいスキルや経験が身につく: 分散型組織での協働、新しいツールの活用、トークンエコノミーやガバナンス設計に関する知識など、Web3時代に求められる多様なスキルや経験が得られます。
- トークン報酬の可能性: 一部のプロジェクトでは、ガバナンスへの貢献に対してトークンが付与される場合があります。
デメリット:
- プロセスの複雑性と遅延: 分散型の意思決定は、参加者の合意形成に時間がかかり、プロセスが複雑になりがちです。
- 明確な役割・報酬体系の未整備: 伝統的な組織のように明確な職務記述書や固定給があるわけではなく、役割や報酬が流動的で不確実な場合があります。
- 議論の収束の難しさ: 多様な意見がある中で、建設的な議論を維持し、合意形成に至ることは難しい場合があります。
- ボラティリティとリスク: 関わるプロジェクトのトークン価値が変動するリスクや、プロジェクト自体の成功が不確実であるリスクがあります。
リスクと注意点
分散型ガバナンスに関わる上で注意すべき点も存在します。
- ガバナンス攻撃のリスク: 少数の大口トークン保有者（クジラ）が自らの利益のためにガバナンスを歪める「ガバナンス攻撃」のリスクが指摘されています。どのような防御策が取られているか、自身が関わるプロジェクトのガバナンス設計を理解することが重要です。
- 詐欺や誤情報: Web3の世界では、誤情報や詐欺的なプロジェクトも存在します。関わるプロジェクトやガバナンスに関する情報を鵜呑みにせず、自身で慎重に調査・判断することが必要です。
- 報酬の不確実性: 貢献に対する報酬が保証されているわけではありません。ボランティアでの貢献から始まり、実績を積み上げていくケースが多いことを理解しておく必要があります。
- 法規制の変動: 分散型ガバナンスやDAOに関する法規制は、まだ多くの国で整備途上です。将来的な法規制の変更が、働き方やプロジェクトの運営に影響を与える可能性があります。
キャリアへの展望と次のステップ
分散型ガバナンス領域での経験は、Web3分野でのキャリアを築く上で貴重な資産となります。
- 特定のガバナンスメカニズム設計やオンチェーンデータ分析など、専門性を深めることで、ガバナンスコンサルタントやアナリストとして活躍する道が開けるかもしれません。
- ガバナンスコミュニティでの活躍を通じて、他のプロジェクトから声がかかることもあります。
- 自身のプロジェクトやDAOを立ち上げる際に、そのガバナンス設計に活かすことができます。
- 伝統的な組織においても、分散型の意思決定プロセスやコミュニティ運営の経験は、新しい組織論やマネジメントへの示唆として応用可能です。
まずは、興味のあるWeb3プロジェクトやDAOのガバナンスフォーラムやコミュニティを覗いてみること、そして小さなことから貢献を始めてみることが、この新しい働き方への第一歩となるでしょう。
分散型ガバナンスはまだ進化途上の分野であり、多くの課題も抱えています。しかし、Web3が目指す非中央集権的な世界の実現には不可欠な要素です。その「裏側」を支えることは、Web3の未来を共に創っていくやりがいのある新しい働き方と言えるでしょう。